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 自分はこれからどこに向かって行くのだろうか? 自分の目的地ってどこなんだろうか? もう一度深く考えた。だけど何も分からない。答えのない問題を解くのは苦しかった。澄田の言うとおり時が解決してくれるのだろうか? そうなれば俺は楽になれるのだろうか? 悩みは尽きない。そんなことばかり頭を巡っていた。

 そうしていつの間にか日が傾いて夕方になり、そろそろ帰宅することに。
「あっという間に時間が経っちゃったね。もっとこの場所にいられたらいいのになぁ」
 澄田は残念そうに言った。
 俺自身も今日はなんだか楽しかったように思う。全てを話したわけじゃないけど、澄田と出会ってからこんなにもたくさん自分の事を話したのは初めてだったかもしれない。まぁ、色々話したせいで過去の事を思い出してしまったのも事実だけれど、不思議と口から出てしまっていたような気がするし、こんなことは今までなかった。彼女は、そんな俺をどう思ったのだろうか? どうしようもない奴だと思ったのだろうか? 少し気になった。
 次から次へと物事が頭に浮かんでは消え、色んな事を感じた。でもそれでいて全体としては穏やかで安らぐような、そんな不思議な一日だった。
 そしてまた彼女も今日一日、終始笑顔ですごく楽しそうに見えた。俺といる時はいつも笑顔のことが多いものの、今日はそれが一段と強く感じられた。
 その表情を見て、ふと考えた。
 澄田は悩みとかないのだろうか? なぜかそれを今まで、またこの先も彼女に直接訊くことはしなかった。というよりもできなかった。
 帰り道、俺の数歩先を澄田はゆっくりと歩く。彼女の後姿をぼんやりと眺める。適当に会話した後、しばし沈黙――。そして彼女は何かを決心したように突然俺の方を振り返り、満面の笑顔のままこう言った。

「ねぇ、遠野くん。また来年も一緒に桜見ようね!」

 燃えるように赤い夕焼け空の中に、熱を帯びた春の夕日に照らされた澄田の姿がくっきりと映っていた。


 そらからも澄田は、事あるごとに俺を誘って旅行やイベントに出掛けたがった。
 夏は海水浴に花火大会、秋は紅葉狩りに学園祭、冬はクリスマスに初詣。その他にも、とにかく見たことも行ったこともない色々な場所に出掛けたのをはっきりと覚えている。
 だから彼女に、「どこかに行ったりするの好きなんだね」と訊くと、「うん! 遠野くんとの思い出をもっとたくさん作っていきたいんだよ」と嬉しそうに言っていた。
 この頃から彼女の提案に応えるように、俺も一緒に過ごすことが多くなっていったように思う。澄田のその行動は、心の内にふさぎこむ俺を外の世界に連れ出してくれるような気がした。もしかしたら、自分自身の変化が少しずつ育ち始めていたのかもしれない。

 そんな中で澄田の提案を拒んだことがあった。
 彼女は正月や夏休みになると種子島に帰省した。俺も一緒に帰ろうと何度も誘われたが、行かなかった。やはり行く気になれなかったのだ。またあそこに行ってしまうと、なんだか過去に戻ってしまうような気がしたし、自分の心も後退してしまうと感じたからだ。あの場所は自分が帰る場所ではない、ただの通過点に過ぎないのだ。もうあの頃の自分には戻らない、戻りたくないとそう思った。初恋の女の子の姿が日を経つごとに薄く遠ざかっていくのを感じたのは、何よりも辛く悲しかった。だからそのことはあまり思い出したくはなかったのだ。
 澄田が帰省し、遠くに離れて一人になると、俺はいつも物思いにふけった。彼女からケータイにメールなんかは来ていたりもしたけど、バイト以外で他にすることもなかった。
 東京で一人暮らしをしている自分の部屋。一応は片付けをして、きれいにしているつもりだ。実家から持ってきたものなどほとんどなかった。必要な物以外、全てを置いてきた。その辺の大学生が住んでいそうな、何の変哲もない至って普通の部屋だ。
 畳の上に仰向けに寝転び、ぼんやりと天井を見詰める。畳の匂いに包まれた。近くで行われている工事の騒音が、わずかに部屋に入り込む。電気を点けていないその部屋の窓から直射日光が差し込み、自分のいる場所の影をより強くし、光の当たっている場所を強烈に照らし出していた。
 物語を作り上げるように、頭の中で色々なことを想像する。今までのこと、これからのこと。それが誰かに届くことはない。
 そんな時まず頭に浮かんでくるのは、いつも小学生時代のことだった。意識せずとも自然に思い起こされ、もう何回目なのかも分からない。そしてその当時の思い出は、今でも鮮明にありありと目の前に浮かんでくるのだ。まだ肉体的にも精神的にも幼かったけれど、一人ぼっちではなかった自分はいつも笑顔で、どんなことも怖くはなかったし、それからの未来だって輝いて見えたものだった。目を閉じれば、あの頃の自分にまた戻れるような気さえした。
 もちろん種子島でのことも考えた。あの地に来てから色々なことがあり、色々なことが変化した。それは今の自分にとって良いことだっただろうか? ――何とも言えない。ただはっきり覚えているのは、かつて感じたあの輝きは、本当に過去のものになってしまったということだ。澄田と出会い一緒に過ごしていっても、それが帰ってくることはなかった。だから小学生時代とはまるで別人になってしまったようだった。
 あれから確実に時は過ぎている。だけどなぜだろう、今の自分には恋人であるはずの澄田との未来はどうしても想像することができなかった。
 そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
 そして夢を見た。
 夢の中では、俺は再び鳥だった。目的地もなくただふらふらと飛び続ける。力なく上昇下降を繰り返し、今にも墜落しそうだ。一休みする場所さえない。眼下に広がる景色は何もないただの荒野で、空はどんよりと暗く霧がかかり、遠くまで見渡すことができない。いったいここはどこなんだ、なぜこんなところにいるんだと困惑した。辿り着くべき場所にとにかく一秒でも早く飛んでいきたいと、そう強く思った。
 こんな夢を、その後も何度も見てしまうのだった。

 三年生になり、大学生活も後半に入った。
 この頃俺は、澄田以外の別の女の子と仲良くなったりした。学内で知り合った澄田とは全くタイプが違う子で、髪が長く、控えめな性格をしていた。どちらかというと彼女の方からアプローチがあり、自分がそれに応えたとうい形だった。
 付き合ってすぐに「遠野くんは、本当に私のこと考えてるの?」と泣かれた。彼女の言うとおり別に何も考えてなかったし、好きじゃなかった。
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