5



 中学一年以来、俺は再び東京に戻ってきた。五年ぶりの東京は種子島と何もかもが違っていたが、そんな中で桜の花は美しく咲いているということに変わりはない。
 ただ自分の人間関係には大きな変化がある。それは俺の隣には澄田がいるということ。俺達は別々の大学に通いながらも別れるということはなく、一応は恋人同士の関係を保っていた。二人の距離感は少しも縮まったようには思えなかったが、何というか付き合い続ける理由があるというよりも別れる理由が特になかった。だから自分から別れを切り出すということはなかったし、はっきりと別れたいと思うことは全くなかった。


 大学に入って一年目、澄田にとって初めての大都市東京での生活。種子島と違い過ぎる時間の流れでの生活に、彼女は慣れるのがとても大変そうだった。ましてや一人暮らしをしているのだから当然だ。それに大学の授業やバイトなんかで日々忙しい毎日を送っていた。それでも彼女は平日でも休日でも関係なく俺に会っていたし、会いたがっていた。
「まだ東京に来たばっかりだけど、こっちでの生活はどう? 大変じゃない?」
 俺は何気なく彼女にこんなことを訊いた。
「うーん……やっぱり島での生活とは何でも違っているから、ちょっと大変なところはあるかも」
「そっか、やっぱりそうだよね」
「うん。何よりも家族と離れて一人で生活してるのがすごく寂しい……」
 澄田は寂しげな表情でうつむき、そうつぶやいた。
「早く慣れるといいね」
「ふふふ、ありがと。あっ、でもね、楽しいこともたくさんあるよ。地元じゃ見られなかったものが見れたり、できなかったことも色々できて毎日がすごく新鮮。それに何でも手に入っちゃうしね。やっぱり島とは全然違うんだね」
「よかった。心配してたんだ」
「それと、こうやって遠野くんと一緒に過ごせていられることが一番嬉しいよ。あたしはそれだけで毎日の大変さなんて忘れられちゃうよ」
 彼女は照れ恥ずかしそうにそう答えた。
「そっか、嬉しいよ」
 子供の頃から引っ越しを繰り返した俺は、新しい地で生きていく術を知っていた。でも澄田はもちろん初めての引っ越しで、その術を知らなかった。小学校の頃初めて東京に来た時の強い不安を、きっと彼女も今同じように強く感じているだろう。それに俺には両親という家族がいたけど、澄田には家族ではなく俺しかいないのだ。彼女をこの地に連れてきたのは俺だ。自分が彼女を支えていかなければならない。そのことははっきりと頭の中に存在していた。
 そして一方俺の方も、澄田と同様日々忙しい毎日だった。でもだからといって彼女と会うことを拒んだりしたことは無かったし、むしろ自分の方から会おうと誘ったりして連絡なんかもよくしていた。


 そんなこんなであっという間に一年が過ぎ、また春が来た。
「ねぇ、遠野くん。今度お花見しようよ!」
 澄田は嬉しそうに俺を誘ってきた。二年生になった彼女は、東京での生活にかなり慣れたようだ。
「うん……そうだね。それもいいかも」
「あたし、まだこっちのこととか全然分からないから、どこかいいとこ遠野くんが連れてって欲しいな」
「うーん、そうだな……まぁ、俺もそんなに詳しいわけじゃないけど、桜が見える公園があるんだ。そこでいいかな?」
「うん、もちろんいいよ。じゃあ今度の休みの日に行こうね!」
 そうして俺は澄田とお花見の約束をした。

 当日になり、約束通り公園に来ていた。俺達は適当に芝生に座り、桜を眺める。
 穏やかな春の日差しが心地よく、風が爽やかに吹き抜ける、そんな一日。澄田もいい天気でよかったと喜んでいる。桜も八分咲きで丁度見ごろだ。太陽に照らされた花びらが煌めき、淡いピンク色を一層際立たせる。その美しさと華やかさに心奪われる。
「桜、本当にきれいだね。東京にもこんな桜が見れる場所があるんだ……感動しちゃった」
 澄田は目をキラキラさせながら微笑んでいた。
「でもさ、桜の花ってすぐ散っちゃうのがなんか残念だなぁ……ずっと咲いてくれていたらいいのに」
 今度はどこか寂しげな表情に見える。
「秒速五センチなんだ」
 思わず口に出る。
「え、なんのこと?」
「桜の花びらが落ちるスピードだよ」
「へ〜、そんなこと全然知らなかったなぁ。遠野くんってそういうことよく知ってるよね」
 彼女は屈託のない笑顔でそう答える。
「いや、ただ昔、小学生の頃に人から教えてもらっただけなんだ」
「そっか、そんな物知りの人がいたんだね。その人って同級生?」
「うん」
「今でも連絡し合ったりしてるの?」
「いや……特には……」
 自分からそんな話をしたくせに、俺は話を断ち切るように答えた。
「そういえば、遠野くんって種子島に引っ越してくる前のことってあんまり訊いたことなかったけど、どんな感じだったの?」
「うーん、親の都合で引っ越しが多かったかな。俺自身は体が弱くて、よく図書室で過ごしてたんだ」
「え、なんか意外。今からは全然想像できないよ」
「まぁ、昔のことだから」
「そうだよね。他にはなんか特別な思い出とかってないの? 聞きたいな」
 澄田は俺の過去のことを訊きたがった。
「特別な思い出……いや……何もなかったよ。普通の子供だった」
 俺は嘘をついた。過去のことは話したくなかった。ただそれだけ。
「そうなんだ……」
「澄田は?」