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「あたしも普通だったよ。普通っていうより、ぼんやりして平凡な感じだったかもしれないけど」
「うん、そっか」
「でもね、遠野くんに出会ってから私の人生はすごく変わっちゃったんだ。あ、もちろんいい意味でだよ。だからこそ今こうやって、ここでお花見ができているんだよ」
「そう言ってくれるとなんだか嬉しいよ」
 遠くを見ながら答えた。澄田は俺を変えてくれるのだろうか?

「ねぇ、遠野くん! あたしお弁当作ってきたんだ。よかったら食べて欲しいな」
 言うタイミングを見計らっていたように突然そう言うと、彼女はお弁当を取り出した。
「えっ、澄田って料理できたんだ。知らなかったな」
「うん。本当はあんまりできないんだけど、遠野くんに食べてもらいたくて頑張ったんだよ。まぁ、お姉ちゃんにも色々訊いたりしたんだけど」
 開かれたお弁当は行楽用の少し大きめのもので、下の段にはおにぎりが、上の段には色々なおかずが敷き詰められていた。冷凍食品や出来合いのものなどは一切なく、全てが手作りでかわいく盛り付け、彩られていた。女の子が作ったお弁当そのものだ。
「おいしそうだね。じゃあ、頂こうかな」
 俺はおにぎりを手に取り、頬張った。
 口にした瞬間、過去のある出来事が思い起こされ、なんだか胸が急に切なくなった――
「あの……おいしくなかったかな?」
 澄田はいぶかしげに俺の顔を覗き込んだ。どうやら冴えない顔をしていたようだ。
「いや、すごくおいしいよ。俺の好きなものばっかりだし、料理、上手なんだね」
 嘘じゃない。本当においしかったし、また食べたいと思える味だった。
「本当に!? よかったぁ」
 澄田は安心したように笑顔になった。「もっともっと上手になるね」と嬉しそうに言っていた。
 色々なことを考えながらも、俺はお弁当を完食していた。

「ねぇ、遠野くんは大学卒業した後のこととかってもう考えてるの?」
 食後のお茶を飲みながら、澄田はまた質問をする。
「うーん……まだ何も決めてない。いや、そういうよりもまだ何も分からないんだ。具体的に自分が何をしたいのか、どうなりたいのか全然見えなくて迷ってばかりなんだ」
 俺は正直に話した。
「そうなんだ。でもあたしはそれでもいいと思うよ。人生なんてそう簡単に決められるものじゃないし、時が経てば考えだって変わると思う。それに夢ややりたいことだってきっと見つかるよ。だからそんなに悩まなくてもいいんじゃないかな。あたしは今ここにいるけど、それは遠野くんが受験することを勧めてくれたからだよ。それまでのあたしは自分で何一つ決めることができなかったんだ。でもね、遠野くんの言葉のおかげで、一つずつできることからやるんだってそう決めることができたんだよ。」
 澄田は自分の意見をしっかりと述べた。
 こんなことを澄田に話したのは初めてのことだったけど、こういった彼女の言葉を聞いていると、なんだか今の自分よりもずっと大人びているように見えた。今の自分には相変わらず余裕なんてどこにもないけど、澄田はそうじゃないのだろうか?
「だから本当にね、悩みでも何でもあたしに話して欲しい。あたしはいつだって相談に乗るよ!」
 澄田は真剣な顔をしていた。
「うん、ありがとう。優しいんだね」
 素直にそう答えた。
 彼女のその言葉を聞いて、少し嬉しい気持ちになった。そうだよ、俺には澄田がいるじゃないか……
「澄田の方はもう決めてるの?」
 気になって訊いてみた。
「えっと……あたしもまだよく分からないんだ。お姉ちゃんを側で見てきたから教師もいいかなと思って一応教職取ってるんだけどね、でもあたしはお姉ちゃんみたいにはとてもじゃないけどなれないなぁってはっきり分かってるんだ……だからね、あたしも今の遠野くんと同じで迷ってばっかりなんだよ。それに遠野くん高校の頃言ってたじゃない、『誰だってそうだよ』って」
「そうだったね」
 そんなこと忘れていたから、思わず笑いが出た。
 澄田の話を聞いたら、なんだか少し楽になれたような気がした。彼女と会話をすると、なぜかいつも心が安らぐような感じがする。すごく意外だったし、不思議だと思った。
「あとね……えっと、その……実は、もっとその先の将来の夢ならあるんだよ」
 澄田はうつむいたまま顔を真っ赤にしてそう言った。
「そうなんだ」
「でもね、その夢の中身は……今は秘密っ!」
 彼女は俺の方を向いて、無邪気な子供が精一杯隠し事をするかのようにはにかんだ。
「そっか……」
 俺はあえて深くは訊かなかった。その答えを聞いてしまうのが怖かったから。