24

 夕食後、花苗が入浴したため俺は一人になり、彼女の部屋から縁側に出てぼーっと夜空を眺めていた。
「遠野くん」
 そう呼ばれ振り向くと、花苗のお姉さんだった。ちょっといいかなと俺の隣に座り込んだ。
「今日ここに着いたばかりで、色々一日疲れたでしょ」
「ええ、そうですね。でも食事もおいしかったので元気出ました」
「そう、それはよかった」
 優しく笑う。
「……本当に大人になったわね」
「そりゃあ僕もいつまでも子供じゃないですよ」
 そう、子供じゃないのだ。
「でも先生は、昔と全然変わってないですね。あの頃のままです」
「まぁ! それは嬉しいわ。本当に冗談まで言えるようになったのね」
「いえいえ、そんな。本心ですよ」
 二人で笑い合う。
「そういえば君、確か中二の時に引っ越してきたのよね? あの頃のことは今でもよく覚えてるわ。実際に高校入学前に会ったことはなかったけれど、君のことは知ってたのよ。なんでかって言うと花苗がね、いっつも君のこと話してたからなの。転校してきた男の子がかっこいいとか、彼がこんな話をしてたとか、もう聞き飽きるくらい何度もね」
「そうだったんですか。なんだかちょっと照れますね」
「それでね、一体どんな奴かと思って高校で初めて見た時、あぁなるほどなって思ったわ。完全に都会の人間だったから。花苗が夢中になる理由は、きっとこういう所なのかなって分かったのよ。島から出たことのないあの子にとって、結構衝撃的だったと思う。要するに一目で恋に落ちたのよ。それから今までずっと花苗の瞳に君しか映ってないのには、もちろんそれだけじゃない色んな理由があると思うけどね」
「先生は、花苗のことよく分かってるんですね」
「もちろん。私はあの子の姉で、生まれた時からずっと一緒に育ってきたんだから、色んなこと分かっちゃうものよ」
 自分には兄弟がいないからよく分からないけど、そういうものなのかな。花苗がお姉さんをすごく慕うのも頷けた。
「あとそうそう、君高校の時周りの女子生徒から結構人気あったわよ。気付いてた?」
「えっ、そうですか?」
 正直あまり意識したことはなかったし、当時はそんなことには興味がなかった。
「そりゃあこんな田舎に超都会の東京から来たら珍しいってもんじゃない。噂にもなるものよ。まぁ、花苗が一番してたかもしれないけどね。そんな都会っ子の君は五年もここに住んでたけど、結局最後までここには染まらずに島の男にはならなかったわね」
「そうですね……そうかもしれないです」
……今なら違うのだろうか?
「まぁでもあの頃の君は、やっぱりこの島は似合ってなかったかもね、花苗と違って。……そう、だからあの子が卒業後に東京に行くなんて言い出したから、家族全員驚いたのよ。まさか島から出るなんてね。あの子はそういう子じゃないって思ってたから。色々悩んでいた花苗がそういう進路に決めたのは、心に強い意思が芽生えたからじゃないかしら。それはもちろん君の影響のはずよ」
「そうだとしたら、僕も嬉しいです」
「東京に行ってからもずっと君が側にいてくれたことで、花苗は心強かったと思うわ。帰省した時も電話してきた時も、いつも楽しそうに君のこと話してたから。まぁ色々あったみたいだけど」
「ははは……」
 思わず苦笑い。
「でもね、きっとあの子は今とっても幸せよ。だって自分が心から好きな人と一緒にいることができているんだから。それでね、姉の私から君に伝えたいのは、花苗に幸せをくれてありがとうっていうこと、それに尽きるわ。そしてこれからも花苗を愛してあげてね」
 お姉さんは優しく話した。
「もちろんです」
 俺は、すぐにはっきりと答えた。
 見上げた夜空には、見たことのないくらいに満天の星が輝いていた。


 翌日、午前中は海を見に行って、ぼーっと過ごした。久しぶりに故郷の海に来た花苗は、「またサーフィン始めてみようかな」なんて言って昔を思い出すようにサーファー達を眺めていた。今日は日曜なので高校生達も多かった。
 午後は家に戻ってゆっくりし、そのまま夕方になった。
「ちょっと散歩にでも行こう」、俺はそう言って、花苗をそれとなく誘った。

 ゆっくりと二人は足並みを揃えて歩く。向かう方向は前から決めてあるのだ。
 太陽が地平線の近くに沈み、透き通るような青い空が暖色を帯び始め、そこに浮かぶうろこ雲が赤く燃え出した。俺達二人は夕暮れのオレンジ色の光に包み込まれ、その光は今まで感じてきたものよりもずっと暖かかった。昼間息を潜めていた秋の虫たちが一斉に鳴き出し、草木のざわめきと自分達の足音とが入り混じる。そこにもう一つ、自分達の話声――
「ねぇ、こうやって外を歩くと、夏が終わって秋になってきてるってすごく分かるね」
 辺りを見回しながら花苗は話す。
「うん、そうだね。なんだか東京よりも季節の変化が分かりやすい気がするよ。ここは自然との距離が近いんだ。久しぶりにこの島に来て、改めて気付いたよ」
「あぁ、だからなんだね。遠野くんはそういうことに敏感だよね」
「そうかもね」
 和やかに笑う。
「それにしてもさ、昨日到着して明日帰っちゃうなんて、あっという間だね」
 少し寂しげに花苗はつぶやく。
「そうだね。でも食事もおいしかったし、先生やカブとも久しぶりに会えたし、本当に楽しかったよ。すごく癒された。花苗はどう?」
「うん、あたしも同じ。やっぱり自分の故郷ってすごくいい。なんていうか落ち着くんだよね。食べ物も人も、この自然も全部」
「そっか……俺もこの島好きだよ。好きになった」