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 今日という日を境に私と遠野くんは恋人同士になったんだ、これは夢じゃないんだと思うとすごく不思議な感じがした。告白によってこんなにも世界が目まぐるしく変わるなんて頭が付いてこないよ。
「まだ全然実感が湧かない……今日は寝られそうにないよ……」
 体が火照ってのぼせそうだった。そして私は遠野くんのことだけを考えながら眠りに就いた。

 翌日、遠野くんはいつもと変わらない彼で、いつもと同じように接してくれた。でも私はなんだかすごく恥ずかしくて、彼と目も合わせられなかった。普通は誰でもそんな風になっちゃうんじゃないのかなぁ? やっぱり遠野くんは不思議な人だね。
 そして遠野くんと付き合い始めたその日から卒業までは一瞬で過ぎていった。
 毎日が本当に楽しくて楽しくてどうしようもなかった。私の心はいっつもふわふわして全然地に足が付いていなかったし、すっごく浮かれていたと思う。夢見心地っていうのはこういうことを言うんだね。そんな私を見た周りの友達によくからかわれたりしたっけ。私のどこが好きなのかなんて、そんなことちょっと怖くて訊くことはできないけれど、遠野くんと一緒にいれる、それだけで私は満たされていた。
 彼から来るメールは、決して多くはなかった。それでも私はメールが届くたびにドキドキして、一言一言噛みしめるように心に刻み、何度も何度も読み返す。返信が来るまでの時間が、たった数分なのに何時間にも感じられたよ。わずか数十バイトしかないケータイのメールが、こんなにも待ち遠しく思えるなんてなんだかおもしろいね。ただの文字でしかないけど、それにはやっぱり人の気持ちが籠っているからだってそう思うんだ。たわい無い内容だけど、次はどんなことを伝えようか、どんな反応が返ってくるんだろうなんて考えるだけですごくウキウキして楽しかった。早く返信が来ないかなぁなんて思いながら、私は今日も遠野くんとメールのやり取りをするのだった。
 悩んでいた進路は、結局私も遠野くんと一緒に東京の大学を受験することに決めた。やっぱり遠野くんとずっと一緒にいたい、それが今の私の切実な願いだから。彼に私が上京して進学することを伝えるとすごく喜んでくれて、私も嬉しかった。勉強が苦手な私に遠野くんはいつも付きっきりで勉強を教えてくれて、そのおかげでなんとかギリギリ四年制大学に合格するだけの学力を付けることができた。本当に遠野くんは優しいね。まぁ、でもただ一つ残念なのは、結局私は遠野くんとは別の大学に進学することになってしまったこと。本当ことを言うと、彼と同じ大学に行きたかったなぁって思う。けどそんなことは正直どうだっていいの。だって私たちの関係はここで終わりじゃない、これから先も続いていくんだから。
 こうやって私の抱えていた問題が全部解決してしまうなんて、ちょっと信じられないよ。それも全部遠野くんのおかげだよ。
 だけどね、そんな遠野くんを心配させたくなくて言わなかったことがある。それは進路が決まったというものの、いきなりこの種子島から東京に上京するなんて本当は不安で一杯だったってこと。ちゃんと生活できるのかなとか、東京に馴染めるのかなとか、家族と離れ離れになっちゃうんだなんて色んなことが頭を駆け巡ってしまう。でもきっと大丈夫。だって私には遠野くんが付いてくれるんだから。これからだってずっと私の側で一緒に過ごしてくれるんだってそう確信しているよ。
 自分自身の未来に対する期待と不安が入り混じったような、自分でもよくわからないそんな気持ちがしていた。まるでこれから大空に羽ばたいていこうとする雛鳥みたいだってそう思ったよ。
 そして私はそんな思いを抱えたまま、遠野くんとのたくさんの経験とたくさんの思い出が詰まった高校を卒業した。


 東京に上京する当日、お姉ちゃんが空港まで見送りに来てくれた。
「わざわざありがとうね、お姉ちゃん」
「いいのよ。東京に着いたらちゃんと電話するのよ」
「うん。わかってるよ」
「何かあったらすぐに連絡しなさいよ」
「もう、わかってるって。私ももうそんなに子供じゃないんだから」
 私は強がった。
「何言ってるの。あんたはもっと私に頼っていいのよ。私は花苗が生まれてきた時からずっと見守ってきたんだから。それにこれからもずっと私は花苗のお姉ちゃんなんだからね」
 私はその言葉にはっとした。
「うん、そっか……ありがとうお姉ちゃん……」
 こんな会話をしていた時のお姉ちゃんが、今まで見たことがないくらい心配そうな表情をしていたのがすごく印象的だった。私は強がって笑っていたけど、その表情を見てしまったせいで本当は今すぐにでも泣いてしまいそうだった。ただ上京するっていうだけなのに、もう二度と会えないようなそんなとても悲しくて寂しい気持ちで一杯になってしまった。でもこんな優しい言葉を掛けてくれたおかげで、同時に私はすごく安心することができたよ。やっぱりお姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだね。
「じゃあ、もう行くね」
「そう……元気でやりなさいね」
「うん、お姉ちゃんも元気でね!」
 精一杯の笑顔でそう答えると、お姉ちゃんも笑ってくれた。
 そして私は本当に泣きだしてしまう前に背を向け、搭乗ゲートに向かった。

 飛行機の座席に着いて窓の外を見る。小さくなっていく種子島を上空からただ見続けた。
 島での思い出――
 今思えば、遠野くんと中二で出会ったあの日から東京に上京する今日までの五年間、私はすごく密度の濃い日々を過ごしてきたと思う。私はいつも彼だけを見てきた。遠野くんのいる場所に来るだけで胸が苦しくなったり、何気ない会話をしているだけで心が温かくなったり、彼の笑顔を見るだけで私は癒されたりした。簡単な言葉ではとても言い表せない色んな感情思いが、私の目の前を交錯していたように感じた。なんでもないような当たり前の事一つ一つが、私にとっては一生消えることのないとても大切な思い出だよ。そしてこれからの東京での生活を送る中で、私はもっとたくさんの大切な思い出を遠野くんと一緒に作っていきたいって、そう強く思っているよ。いったいこれからどんな未来が待っているんだろうね。すごく楽しみだよ。
 そんな願い思いを抱きながら、私は遠野くんと出逢いそして自分が育ったこの種子島を旅立った。