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 その後しばらくして、俺は明里に今の自分の思いを伝え、交際を申し込んだ。彼女からの好意をはっきりと感じていたから、断られるということは考えていなかった。
 結果、明里はその告白を快く受け入れてくれ、今でも俺のことが好きだと言ってくれた。
 こうして二人は再び一緒になった。これから人生の再スタートなのだ。もう二度と明里を離さないと強く誓った。

 明里は今も変わらず岩舟に住んでいて、仕事も栃木の方で就いていた。だから当然、俺達は遠距離恋愛をすることになった。もちろんお互い側で生活できれば、もっと言えば同棲できれば一番よかったのだが、都合故仕方のないことだった。
 でもそんなことは全く問題なかった。大人になった自分にとって、東京と栃木の距離なんてもはや遠距離ではなかったからだ。幼くて弱い、そして無力で流されて生きることしかできなかったあの頃の自分はもういないのだ。
 さあ、今週末は彼女とデートだ! これからは明里で満たしていく、何かを振り払うように、冷えたビールを一気に流し込んだ。

 明里とのデートは、ほとんどの場合俺が栃木まで会いに行った。彼女の住んでいる岩舟には特にこれといって何もない場所なので、いつも小山駅周辺でデートをすることが多く、買い物やもっと色々な所を見て回りたい時などは大宮駅まで来てもらったりしていた。それでも自分としては明里に会えるならどこにだって行くつもりだったし、休日の全てを使ったってかまわないのだ。種子島で彼女からの手紙を待っていた時のように、休日がひたすらに待ち遠しかった。
 さらには、仕事中でもメールが来ないかとケータイばかり気にしてしまう自分がいた。まぁお互い仕事をしているので、メールが来ることなんてほとんどないのだけれど。
 明里のメールはその内容こそ日々の日常を綴った短いものだったが、いつもどこか詩的で美しく感じられた。文通をしていた頃、同じように彼女の手紙から感じたものよりもずっと洗練されていた。まるで心の一番敏感な部分に囁き、語りかけてくるようだった。淀みない文体で書き下ろされた小説を読むような、あるいは感情移入できる歌を聴くような。それに世界の新たな発見や秘密に胸ときめかせた少年時代に戻してくれる気さえした。そんなメールを俺は何度も何度も読み返し、心に刻み、想像する。明里の姿を。
 とにかく彼女とメールができている、この状態だけで幸せだった。俺は完全に浮かれていたし、明里で心が満たされていくのをはっきりと感じることができた。これからもこれを途切れさせてはならない、彼女と繋がっていることを噛み締めながら、俺は今日もメールのやり取りをするのだった。

 休日、栃木に向かう電車の中で、明里に会いに行ったあの日のことをいつも鮮明に思い出す。あの頃の自分にとって、それは大きな大きな冒険だった。ただ明里に会いたいという一心で、まれで囚われの姫を救い出す勇者のように、たった一人で行動を起こしたのだった。平日の夜に会おうだなんて、今考えればちょっと無謀なことをしたものだと思う。でも平日だろうが休日だろうが、そんなことは関係ない。俺は明里に直接会って、彼女の姿をこの目に焼き付け、その温もりを直に感じたかったのだ。きっと明里だって同じように思っていたはずだ。
 あの日、彼女に会うまで俺はひどい不安を感じていた。今思えば、雪で電車が遅れるなんて容易に想像できたはずだ。それでもできなかったのは、無知で浅はかだったからに違いない。とにかく子供だった。それにいつ到着するかも分からない自分のために、明里をあの寒い中でいつまでも待たせてしまっていたことが非常に心苦しかった。まぁ明里の連絡先を知らない自分にはどうすることもできなかったのも事実だけれど、それが余計にもどかしかった。あの時の自分には、どんなに遅れようとも岩舟駅に辿り着くことだけが唯一できる行動だった。それだけしかできなかったけれど、俺は必死に行動したのだ。
 ボックス席にゆったりと腰を下ろし、窓の外の景色を眺める。陽光に照らされた田んぼの水面がキラキラと光り輝く。のどかで美しい田園風景が広がっていた。心穏やかに、日々の疲れを癒してくれるようだ。早く明里に会いたい、もうすぐ会える、そんな思いでいつも心がワクワクした。


「ねぇ、あの頃をやり直してるみたいだね」
 俺は明里にそう言った。
 その言葉通り、俺達二人は今までの空白を埋めるように過ごしていった。小学生の時のように、お互い気に入った本や雑誌を貸し合い、夢中で読んだ。部屋でも、電車内でも、平日の昼食時でも。元々本を読むのが好きだったから、色々なジャンルのものを読んできた。それでも明里の貸してくれるものは、いつも新鮮に感じ、新たな世界の扉を開いてくれるようだった。次のデートで、お互い感想を言い合うのが本当に楽しかったし、彼女の口から直接聞けることが嬉しかった。
 連休になると、明里は東京にある俺の部屋まで来てくれて、泊っていった。彼女が来ても恥ずかしくないように、どんなに忙しくても常に部屋はきれいに保つようにしていた。