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「あのね、遠野くん。今度はあたしの番だよ。だから言わせてね」
 涙を拭いながらそう言うと、澄田はまたゆっくりと訴え掛けるように話し始めた。

「あたしはね、遠野くんと別れた後ずっと悩んでた。すごく辛かったし、毎日毎日泣いてばかりでどうしようもなかった……でもあたしには、もう遠野くんはいないんだから一人でちゃんと前を向いて生きていかなきゃいけないんだって言い聞かせたよ。あたし頑張ったんだ。それでね、遠野くんのことを何度も何度も忘れようとした。でもそうする度に思い出して考えて、また泣いて、心の中にあるものがどんどん大きくなっていった。忘れようだなんて……そんなの無理だよ……だって好きなんだもん……ずっとずっと変わってなかったあたしの気持ち。それに気付いたの……」

 澄田の告白。彼女は俺を怨むことなく、ただただ好きでいてくれたのだ。胸が締め付けられ、言葉にならなかった。それは自分の予想と逆だったからだ。……そうだよ、やっぱり嫌われたくなんかないんだよ。それが場所だろうが、人だろうが、いつだってどこにいたってそうだった。今も変わっていない。好かれるというこの気持ちを、再び感じることができたのだ。ありがとう、感謝で一杯だ。それだけでこの先生きていける、そんな気がした。もうこれ以上望むものは何もないよ。
「ねぇ、遠野くん。あたしのね、最後のお願い聞いて欲しい」
 澄田は真剣な顔をしていた。
「うん、もちろん」
 俺もそれにしっかりと応えたいと思う。彼女の顔を見詰め、そして聞き入る――
「遠野くんは、これからどうしたいの? 何を望むの? あたしにはね、遠野くんの望まないものは求められない……だからね、遠野くんの口からはっきりと言って欲しい」
 澄田の力強い瞳が、俺の瞳を見詰めたまま離さない。彼女が見ているのは、もっと奥の深い深い場所だ。心が震えた。

……どうしたい……どうしたい? ……そんなの決まってるだろ。

 俺は無意識に立ち上がり、澄田の正面に立つ。彼女も立ち上がり、再び見詰め合う。
 そして心の声を音にする――

「澄田花苗さん。もう一度やり直したい。だからまた僕と付き合ってください」

 これが俺の答えだ。嘘、偽りのない純粋な答え。自分でも驚くほど自然に口から出ていた。なんだろう……すごく不思議な気持ちになった。きっと俺が本当に言いたかったことはこれだったのだと思えるほどに、澄田は俺の全てを分かっているかのようだった。彼女の言葉がなかったら言うことなどできなかった、そう思う。
 全身が熱かった。これは夏の暑さのせいじゃない、高まる鼓動と早まる呼吸、心が燃え上がるようだ。
 俺は澄田を見詰める。答えを聞いた彼女の表情が静かに変化する。その瞳は一層輝きを増し、どこまでも透明で吸い込まれそうだ。そこから、全てを物語る大粒の涙が一気に溢れ出し、こぼれて頬を伝った。そしてその涙がそこに留まれず、ついには落ちた。
 俺は思わず息を呑んだ。それはほんの短い間だったはずだが、まるで永遠に時が止まったかのように感じられた。全てがくっきり見えたのだ。きっと俺の心が、澄田のその表情に直接語りかけられたからだ。
……そうだ、俺は澄田を、澄田は俺をまっすぐに見ている。二人が望むことは同じなのだ。お互いが今一つになった、そう感じた。言葉は何もいらない。彼女の答えは、もう俺の心にしっかりと届いたのだ。
 そして澄田は何も言わず俺に抱きつき、今までの想い、感情が爆発したように声を上げて泣いた。俺は彼女を強く強く抱きしめ返す。
 震える声で澄田はつぶやく。
「お願い遠野くん……あたしをもう、離さないで……」
 俺も同じように泣いていた。止めることなどできない、止めようとも思わなかった。
「うん。もう離さないよ、花苗……ずっとずっと離さない……」
 澄田の温もりが肌を通して伝わる。心がさらに熱くなった。もう二度と彼女を悲しませたりはしない、そう強く誓う。そして同時に、この先の人生は澄田の隣でずっと一緒に歩んで行けるのだ、彼女もまた同じように思ってくれているのだ、そう強く確信した。
 そして次の瞬間、俺は思わず澄田にキスをしていた。体が勝手にそうしていた。高校三年生のあの日の澄田と同じだ。あの瞬間の彼女の気持ちが、今になって分かった気がした。自分の全てが彼女に伝わり、彼女の全てが自分に伝わった。そこには純粋なスキという気持ちだけが存在していたのだ。当時の自分とは完全に別人になった『遠野貴樹』が、今ここにはいるのだ。まるで本当に生まれ変わったように感じ、そして再び世界の何もかもが変わってしまったような気がした。
 澄田はそんな俺の行為を拒むことはなく、ただ静かに受け入れてくれた。「ありがとう」、そう心の中で何度もつぶやく。俺は澄田に救われたのだ。そしてこの先は、自分が彼女を支えていく、そう決めた。
――こうして二人は、また一緒に歩み出した。今まで生きてきた人生で最も暑く、最も熱い、そして永遠に忘れることのない真夏の一日だった。